心身一如

『心身一如』とは、カラダとココロとはコインの裏表のような存在で、どちらもおんなじ位大事で、しかもお互いに影響してるんですよという話です。近年では東洋医学だけではなく現代医学でも心身の相関関係への注目が高まりはじめています。(例えば、落語やお笑いのVTRで一時間楽しんでもらった患者さんたちの免疫細胞の活性や血糖値の改善のレポートなどが報告されています)

 

精神的な変調から身体に症状を発する。その逆も同様に起こる。という感情と身体の関係を東洋医学の観点から簡単に見てみましょう。

 

怒:東洋医学では肝臓そして血との関係が深いとされています。

 

これは、消化・吸収で作られた血がカラダに配分される前に肝臓にプールされ、怒りに伴って血が動いたときに肝臓に熱を持ったり、肝臓に血が集まりすぎる為です。

 

喜:ポジティブな感情ではありますが、過ぎるとかえってカラダにはストレスとなることがあります。のぼせてしまうためにカラダの変調をきたしやすいとうイメージがわかりやすいかもしれません。

 

逆に心臓の部にあたる胸に熱が多い時には笑いを誘われることがあります。これは正常な笑いとは少し異なり、受け答えが明るすぎる人や、深刻な話にもかかわらずにこやかに人にみられます。

 

思:『思う』という感情は記憶力や思考力といった精神労働を指し、飲食物から得られた栄養を使いながら働いているものです。

 

したがって、胃腸が正常に働いていれば栄養が充分なので、頭はよく働き、落ち着いて物事が考えられます。

 

しかし、胃腸の不調から消化・吸収が悪くなると考えがまとまりにくくなります。結果として『思う』ことが過ぎるようになります。

 

逆に考えすぎから食欲がなくなることがあります。『ロダンの考える人』のようにジッと考えているあいだに循環はわるく、さらに手足を動かさなければさらに胃腸の活動が低下するためとされています。

 

憂・悲:ここでは「憂」は静かで孤独な正常な感情を含みますが、憂い沈みすぎると肺・そして循環に影響をもたらすといわれています。

 

東洋医学の世界では『気』の働きからこうした現象を説明しますが、実際に何かを心配している人を観ると理屈抜きでイメージはできるかと思われます。

 

うつむきがちに心配・悲しんでる間には、自然と猫背で肩甲骨がロックされたような姿勢ですね。当然のなりゆきとして、『呼吸が浅くなる』するともちろん『声も小さくなる』このようなときには『行動力が低下する』といった一連の流れは、多くの人が経験したり見かける光景です。

 

逆に運動不足などから循環(気のめぐり)が良くないときには、カラダは『愚痴』という精神活動によって発散させようとします。これは『愚痴る』という一種の防衛反応・ストレス反応なので、アドバイスなどはあまり聞き入れられないという特徴があります。

 

悩み相談というよりは『ため息に言葉が乗った程度のもの』と捉えておくとこうした愚痴に付き合うときのストレスも軽くなるのではないのでしょうか。

 

恐・驚:『恐れ』が適度であれば、慎重で沈んだ精神状態が良い方向に働くために、どっしりとしていながら謙虚でいることができます。

 

これは(東洋医学的に)腎の臓が、守備範囲である下腹部を引き締める働きを発揮しているためで、まさしく『肚のすわった』状態であります。

 

この下腹部の高さでの引き締めが弱くなると、胸に熱を持ちやすく怖がりになると同時に、のぼせから『驚き』を生じます。

 

逆に強い恐怖体験から前述のような下腹部の弱りを生ずることもあります。これをきっかけに怖がりになる人も出てきます。

 

わけもなくイライラする、やる気がいまいち出ない、ついつい親しい人にあたってしまってから後悔する・・・

 

モヤモヤした気分の問題にこうした背景があることを知っておくことで、病気とは言わないまでもつらい症状の改善のヒントがあるかもしれません。

 

防風通聖散


page top