未病という考え方

近頃ではテレビCMなどでも『未病治』などのキーワードが採用されているので『未病』という言葉を目にされた方も多いのではないでしょうか(個人的には『治未病』のほうが文法上スマートじゃないの〜?などとテレビの前でボヤいていますが・・・笑)。

 

しかし、その意味は?直訳すると『だまざる』(まだ病気ではない状態です)となりますので『健康』とか『健人』とかでいいじゃないか?なんて疑問も有って当然かもしれません。

 

予防医学・公衆衛生としての『未病』

 

漢方薬やはり・きゅうのベースが確立した時代は、身近に手に入るものだけで病気を予防・治療しなければならないことが前提に理論化された時代です。三国志よろしく、この時代の医療理論は『病と体のたたかい』としてしばしば戦(いくさ)に例えられます。

 

したがって、『敵陣(=病)の勢いが激しいときに応戦してはいけませんよ、まずは防御を優先して凌いでください』『敵陣の攻撃(=症状)が盛んなところで戦ってはいけません。

 

またなるべく敵の攻撃の手が緩んだ時を見逃さずに反撃(=積極的な治療)を試みましょう』といった理論が広まるようになりました。

 

そして何より重宝されたのが『内乱や隣国からの侵略の前ぶれは、なるべく早めに察知して鎮圧するのがなによりです』というルールです。

 

それもそのはず。いったん病気になってしまったら薬草や鉱物(漢方)やヨモギ(もぐさ=お灸)、ハリガネ(はり)などでどうにかしなければならなかったのですから。いや、むしろこれでよくぞ成果を挙げてきたものだとすら思えてきます。

 

こうしたことから、『実際は何か起こっているわけではないが、このままだと何か起こるかもしれないぞ?』というちょっとした『予兆』を健康以下〜病気未満のサインとして扱う傾向が強くあり、その結果として『未病』というコンセプトのひな型となったと思われます。近年ではもう少し幅広く、『病名が付くほどではないが、不調や変調がある』といった状態も含むことが多いですね。

 

診断技術としてはいきおい、『そんなちょっとしたことがヒントになるの?』という繊細な診察方法・判断材料を採用してきた歴史がありますので、手首の脈を診たり、舌を観たり、お腹を押さえたりとちょっと占いめいてますが歴史的には前述のような背景があります。

 

上手な漢方医などのなかにはこれらを駆使して『訊いてもいないことを言い当てる』(病歴・生活様式など)という先生もいるので、そういう人に当たったら『アタリ』の部類だと思われます。

 

以上、予防医学としての『未病』はこれくらいにしまして、お次は治療法則としての『未病』を見てみたいと思います。

 

治療方針と未病

 

古代中国の医書には兵法からの応用が多いと、先ほど触れましたが、治療の時期を見極めて適切な対応をすべしと説いています。これを受けて、名医は病にならないように手を打つ。まあまあできる医者は、病の勢いが落ち着いたところで形勢逆転・治癒をめざす。

 

上手でない医者は、病とがっぷり四つに立ち向かい結局は患者を消耗させる。と、時機・アプローチによって『未病』も結果がだいぶ違うことが分かります。

 

また、治療の中では「一手/二手先を読んで先回りして治療する」という予測技術も『名曰治未病』(名づけて未病を治すとう)として未病への対策とされます。

 

このことから症状が出ていない部位をケアしたり、病の進行を前もって止めることも可能になります。

 

これまで『未病』に関して急ぎ足で見てみたわけですが、実践においては養生・生活習慣から治療法則に至るまで、コトバ以上の広がりのある世界であることがおわかりいただけるのではないでしょうか。

 

健康管理あるいは再発防止などの目的にもよりますが、専門家に飲食物や休養といった日頃のアドバイスを求めるうえで参考になれば幸いです。

 

防風通聖散


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