陰陽という考え方

中国由来で、今も息づく哲学観のツートップといえば陰陽論と五行論でしょうか。近年では、セットのように表記されますがもともとは別の二つの理論です。

 

しかし、陰陽論だけを見ても、暦や年中行事、はたまた易に至るまで私たちの生活に密着しているのです。古代文明で栄えた地域には天文学の発達が共通していますので(エジプト、マヤetc・・・)、『観察から規則性を見つけて応用する』という意味では、陰陽説も広い意味で『科学』と言えるかと思われます。

 

私たちの周りのすべてを陰陽で表現することができます。火と水のように『質』を表すだけでなく、上下といった『位置』、上昇と下降といった『運動』など枚挙にいとまがありません。

 

これらの要素から導きだされるのは、『すべてのものは絶えず変化している』という教訓です。

 

ときには陽に、ときには陰に傾きながらバランスを保っているのです。

 

少し難しい言葉で言うならば『動的平衡』と言ったところでしょうか。

 

純粋な陰・純粋な陽は存在しない

 

存在しないことはないのかもしれませんが、あまり長くはないでしょうね。

 

例えばわれわれ生き物が『純粋な陰』の存在になることは『死』を意味します。

 

『形』という陰の要素は完全だとしても『機能』という陽の成分が欠落するためです。

 

あらゆるものが陰と陽を含んでいる(陰中に陽あり、陽中に陰あり)

 

太陽にくらべると月が陰というのはなんとなくお分かりいただけるかと思います。

 

しかし、太陽光を反射して光るくらいの陽の要素は含んでいるのです。

 

非常に高温で燃えさかる太陽にも、比較的温度の低いところも存在します。

 

とても陽の性質が強いながら陰の性質も含んでいます。

 

同一の物でも、陰陽の比率が変わる

 

むしろ、常に変化していると言えるかもしれません。

 

水の分子はご存知の通りH?Oですが、液体・固体・気体の形をとりながら、地上と上空そして私たちの身の回りをぐるぐると回っているのです。

 

固体(氷)のときは相当に陰ですね。液体(水〜お湯)の時はかなり陰陽の比率に幅がありますね。

 

喫茶店のお冷はかなり陰が優位ですし、温水プールですら陰が優勢な温度に思えます。

 

お風呂位になるとそろそろ陽に傾き始めますかね?ぞして、蒸発して気体になった水(水蒸気)は上空に昇れば再び液体か個体の形で地上に降り注ぐのです。

 

四季の移り変わりもいい例ですね。実は、易で株を読めるくらいの実力者はこういうところを視ているようです。

 

比較対象によって陰にも陽にもなる

 

先ほど『氷』を例に出してみました。かなりな低温な上に凍っているので気体や液体のような『運動性』がありません。

 

『とても冷たくて動かない塊』こういう書き方をするとどう見ても陰の物じゃないの?と思われても無理はありません。

 

陰の成分が相当強いという意味で『陰性のもの』であることに間違いはないのですが、『もっと陰の物』を持ってきたときには氷ですら『陽』として扱わないといけないこともあるという例です。

 

ということは『絶対的』ではなく『相対的』であって、常に比較対象がなければ話が始まらないのです。

 

さて、液体窒素が来ました。『液体でも高くて−196℃』いやはやすごいのが来ましたね。氷『0℃の固体』VS液体窒素『−196℃の液体』。

 

どっちがより陰性?う〜ん、運動性と温度で見ると一対一のおあいこでしょうか?

 

それとも、どちらかを優先させましょうか?

 

こういう判断が複雑になった時の『先読み・勘』というのも陰陽論の面白いところでも難しいところでもあります。

 

陰と陽の交流

 

水の循環を例にしましたが、『陰の場所としての:地』から『陽の物質としての:水蒸気』が昇り『陽の場所としての:天』へと昇ります。

 

そして雲を形づくると、こんどは『陽の場所としての:天』から『陰の物質としての:雨(雪・ヒョウ)』が『陰の場所としての:地』へ降りるのです。陰と陽の交流が絶たれると、ごく当たり前のことすら起こらないのです。

 

いかかでしたでしょうか。

 

もとはたった二つの単語なだけに、かえって哲学的な含みを持つことがなんとなくでもお解りいただけるのではないでしょうか。

 

世界のすべてが連動して、常に動き続ける。

 

そのことによって生態系がはぐくまれ、私たちの命もその大きな流れの一部である。

 

そしてそこにアンバランスが生じたときのリカバリーのヒントが陰陽論であると感じていただければ幸いです。

 

防風通聖散


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